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ドアのブのことを語る

その社会が「落ちた食器を拾ってチップをもらうことを慣習として受け入れる」
ことで、それもひとつの生きる糧としている人の存在も認めてるんだと思う
どっちかというと、日本は「全員が外食のテーブルについて食べるがわになる」を目指す(目指してきた)社会なんだと思う
それはそれで、平等にそうなれる世の中ならいいけど
様々なハンデがあって皆と同じようには働けない、でも食器を拾うことは出来る、という人がいたら
「そんな程度のこと」でも食べていく手段と認め、対価を払う社会のほうが
何でも自分で後始末をつけ他人には手を貸してもらわない、という社会より
いろんな人が生きやすくはないだろうか…それを身分差別や 特定の宗教教義の暗黒面、とは、
いちがいに決めつけられないのではないだろうか…システムとしては良い面もあるんじゃないかなあ

なんかこう、1人が何でも出来ることを目指すより
出来る人に「外注」できることはおまかせすることで
経済的にも分け合うし、人間としてもそれぞれが居場所を与え合うような…
どっちが好きか、どっちが実現しやすいか、
どっちの社会なら自分は行きやすいか、みたいなことを、よく考える