何かを「創る・生み出す」ことを生業とする人を尊敬する。
先日、友人の専門学校のイベントに行ったときも感じた。
日々のライブでも思う。
例えばペリはここまで長かった。それでも自らを「大器晩成型」と評し、最高のパフォーマンスをしていた。
暖めてきたたくさんの良曲たちが待ってましたとばかりCDに収められ、全国各地のリスナーの耳に届いた。
また病と闘いながらも、また自分の楽曲を届けるために努力する人がいる。
そしてモーサムのように、別の稼業を行いながらも自らの制作活動を行うものもいる。
百々さんのツイートはメカラウロコ(そりゃあえてカタカナです)だった。
引用すると、
「そう、事件の元となった私の植木屋仕事について悲観的に捉える人が多かったが、心配御無用や。音楽のみでメシ食う為に嫌々クソな仕事請けるよか百倍マシじゃ。それどころか、いま俺は音楽と同等に日々誇りを持って庭師修行しよるぜ。」
言葉だけでは読み取れない感情もあるだろうけれど、この人たちが生み出す音楽だからずっとついていけるんだと感じた。
今日やっと買ったSTRUGGLEをちゃんとCDラジカセで聴いている。
こんな大事なCDをmp3に変換して聴くなんて、バチが当たる。
積み上げて、壊して、また作って、その循環で変化を遂げ、成長を繰り返すモーサムの音楽が好きだ。
というか自分で何かを生み出す人は凄い。自分にそういった才能がないからこそ感じるのかもしれない。
音楽を作るみなさま、どうか欲求の赴くままに。忍耐の時期にも待っている存在がおります。
リスナーはそれを聴き、様々な思いを抱き、拍手をおくることしかできないですが、信じていますあなたの音楽を。
真夜中の暑苦しいひとりごとでした。
自分(id:Mondlicht)のことを語る
