(注:この文章を書いてる人は処女でも童貞でもありません)
○性的にマイノリティであったとして、機会の均等が必要か、といっやた必要であるとは思います。
○でもね、その機会の均等というのは、一緒に生活するときの税制・社会保障制度であったり、のほうがいいのね。もっと言えば、男の場合2人でラブホって慇懃に断られることが多いんだけど、つまるところそういう意味で機会の均等って、あって欲しい。
○同性愛者であるからとか異性愛者であるからとか、両性愛者であるからとか、そういうので人付きあい、ってのを差別すつべきではないとは思うのね。こいつら変だ、っていう先入観さえなくしてくれれば、それはそれでいいと思う。ある性的マイノリティが別の性的マイノリティを圧迫するなんてことはあるし、おそらく先入観からか男女オッケイだと淫乱だとか言われちまうしね。
○恋愛の相手として「ムリ」ってのは別にそれは機会の均等でもなんでもないと思うのね。ひっくり返せば、恋愛の相手として誰もを平等に扱えってのは誰もが苦手な人に対して付き合わなくちゃならないことになるんじゃないのかな、と。女性が苦手な人に対して女性と付き合えよ、ってのは苦痛でしかないし。すーっと横にきて横に座られて、うわああこれ以上近寄らんといて、って経験は複数あるけど、そういう時はどうやって切り抜けるかな、というのを考えてた。
○機会の均等とか平等ってのは確かにそのほうが良いのだけど、でも問答無用でやってくる海賊みたいなもので、個々にある差異ってのを前提にしないと話がややこしくなると思うのです。差異があって、ダメなものはダメというところを認めて、その上でいろんなことを考えないと偽善とかそういう言葉が出てきちまうのではないかなあ、と。
○なんとなく断りきれなくてデートしたことのあるおれも偽善者だけどね。
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