【誤受信】
○個人が個人を糾弾する、というのは前にもあったんだけど、たとえばその場合、反対意見というのの存在を意識して、延長線上に反論の場というのを意識していた気がするんすよ。でもって言論の自由ってのは多様な言説に触れて、あれこれ考えるところにその本質があります。だから反対意見というのはある程度尊重されるっていうのがどこかにあったような。もちろん90年代半ばに大学にいて、そういうのがあると思っていた学生特有の、錯覚かもしれないんすけど。
○それが消えたのはここ5年くらいかなあ。○○がわからないのはバカである・△△がわからないなんてわからない、みたいな同調圧力と紙一重の、解はひとつしかなく、それ以外の解は存在しない、異なる意見がそもそもあること自体想定してないような、そういうのが増えたような。みんながみんな同じ結論になるわけないんだけど、ちょっとずつ世の中が排他的になってるような気がする。するだけで、実態があるかというと怪しいんすけど。
自分(id:gustav5)のことを語る
