id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

[教養ってなんだろうってのが増田にあったけど]
○いちばんわかりやすいのは香炉峰の雪かなあ。漢詩の素養があると、他人のいってることがわかることがある、というエピソードです。漱石の月がきれいですね、ってのでもいいんだけど、教養ってのを持ってると、単純な話、他人のいってることがわかるっていうか世界がひろがることはある。
○でもそれをひけらかすと鼻につく単なる自慢しぃです。おれ巨根だからって自慢するくらいどこかはしたないことだと思ってるんだが。
○相手の状況を見ないと意味不明になる。今年のはじめに博多華丸さんが「一番でも内川二番でも内川二番でも今宮三番でも松中四番なのに金子」ってやってたんだけど、ホークスを知らないとなにがなんだかわからない。同じ知識レベルを共有しないと話ってのはわけわかんなくなる。漫才では大吉さんが巧い具合に回収してたけど、知識のある人がなにをいってるのかわかんないのは一番でも内川の華丸さんのうたと一緒で、同じ知識を共有してないから。
○空気を読める人は知識が共有できてないと思ったらわかるようにするんだけど、自慢しいの場合はそんなことしない。優越感に浸りたいんだろうなあ、と思うことはある。
○教養って読書以外になにがあるのっていってもわからんなあ。本をたくさん読めばいいかってのはしょうじきわからん。Love looks not with the eyes, but with the mind, and therefore is winged Cupid painted blind. ってのが真夏の夜の夢にあるんだけどいまでもうまく言葉にしにくいんだけど、読んで何年かしてからあの文章はもしかしてこういうことだったのかもなあ、てきなことがあって、本って一回読んだだけで理解できてるか、っていったらどうかと思うもの。