○活字という漢字は別に辞書をひけば済む話なんじゃないかと。その漢字を覚えれば活字というのはその文字を誰もがかけるのではないかなあ、と。
○太宰治に関していえば、おそらく井伏さんの影響を受けたのは確かなんだけど、「誰」という短編をよむと、オチを意識して落語を聴いてたのではないかなあ、という気がしてならない。太宰の作品すべてに落語の影響があるなんてのは文学研究者じゃねーから言えないし、それがわたやなんとかさんにどれだけ影響してるかなんてのはもっとわからない。そもそもおれ文学語るの苦手だし。
○漱石の吾輩は猫であるなんかも、ききみみたててるっていうか耳で聞いている描写が多い。漱石もなにか聴いてたのではないかなあとはおもう。もちろん英語の先生であったから当時の英語の物語の活字は読んで基礎にはなっていたんだろうけど。草枕の冒頭、知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい、なんて口に出してすらすらいえるようなリズム感のある文章は、おそらく活字ではないものの影響が強いんじゃないのかなあ。落語か講談か、さもなくば英国で演劇をたらふくみていたのではないかなあ、と。
○映像などを参考にして小説などの創作に励む人はいるかどうかは知らない。活字を読まなければ活字をかけない、ってのはもっとわからない。
○ただ、話し言葉や活字ってのは、おそらく受け取るほうの想像力を鍛えるのは確かなんじゃないのかなあ、と。個人的には映像よりも活字や話し言葉の世界のほうが好きで、若干その世界に入り浸って、果実を受け取ってるのでそう思うだけなんだが。それが文章を書く人にどれだけ役に立つかなんてもっとわからないけど。
活字のことを語る
