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自分(id:gustav5)のことを語る

わいせつとは何かっていうと、徒に性欲を刺激せしめかつ通常人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものっていうのが、あります。条文ではなくて、昭和20年代の判例(最判S26・5・10)です。
何年か前にモザイクのない性器がうつってるロバート・メイプルソープの写真集が問題になったんすが、そのときは裁判所としては芸術性という側面からモザイクなしでもいちおうお咎めはありませんでした。でも芸術とそうでないものは何か、ってのは難しいです。メイプルソープの裁判でも少数意見として「性器が露骨に配置された写真はわいせつ物に当たる、芸術性があることを理由にわいせつ性を否定するのは許されない」ってのがありました。わいせつ表現関係の議論でよくでてくるところで、表現の自由が憲法にある以上、芸術性があればわいせつとは考えるべきではない、ってのと、芸術的価値とわいせつ性は次元が違いいかに芸術性が高くてもわいせつ性があれば処分すべきっていう考えです。
警察はどちらかというとわいせつ性と芸術は次元が違うと考えてるようで、レスリー・キーという写真家の被写体が男性の写真集が去年やはり警察の介入を招いています。でもって今夏、画像ではないんすが、性器の3Dデータを男性に頒布(頒布は有償無償を問わない)していた女性が逮捕されています。加工しなければならないものがわいせつ物になるのかというと無理スジというか若干苦しいのではないかと思えるのですが、再現可能であることを考えるとそれほど変なことではないです。でもって同じ人物が同じ容疑でまた逮捕されています。
規制しなければならないのか、というと厄介な問題です。性という人間の本能のようなものに対して人間自身の品位が反発することによって羞恥心って形成されます。それが性行為非公然原則とか性の非公然原則になります。性に関して公然と振舞うべきではない、という社会が長く続き、世の中全体に性の非公然性があるのでそれが崩れたとき、(みたくもない人もいるわけでその自由を侵害することが好ましいこととは思えないということになるので)場合によっては処罰すべき、となるのはやむを得ないと思います。警察もその判断を前提にどうしても動かざるを得ないです。性的羞恥心を害しそうなもの・善良な性的道義観念が揺らぎそうなものが公然と頒布されていたら。
ただ前にも書いたのですがただ個人的には逮捕されたひとの「ほんとに隠すべきことなのか」という問いかけはわからないでもなかったりします。つかまったひとはおのれの性器と対面して異形と感じ、考え抜いて表現活動をはじめています。私は小さい頃に割礼していて他人と違うことを苦痛に思っていて長いこと隠さなければならない異形と感じていましたから、表現活動こそしないけど、わからないでもないのです。もしそれが隠されるべきものでなかったならば、周囲と違っても別になんともないことを知り劣等感を長いこと持たずに済み、気が楽になっていたかもしれません。知る権利、とまでは言わないけれどそこの各種の情報を知ることにより人格形成に資することってあるんじゃないかって、どうしても考えちまうのです。あまりにも個人的な体験に基づくことなので、一般性はないかもしれないんすけどもっててめえのことはともかく。
隠すべきとされてるものを公開することに関して警察は取締りをしなければならないのでその職務もなんとなく理解できますし、それと同時につかまったほうの「ほんとにかくすべきものなの?」って考えも理解できます。ひとの根っこにあるものの表現・根っこから出てくる表現というものが、つきつめると反社会的なものである、というのを目の当たりにして、どう理解していいのか、文字にはできてもいまいち整理できていなかったり。