id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

イケメンというのは何かというと、それを分解するとなんとなく判ります。モデル体型であったり、顔がアイドルとか二枚目俳優ににてたり、とかいくつかのわかりやすい最大公約数的な条件がいくつか合致してる場合です。この条件に合致するのが○○というこの考え方ってのはおそらく世の中の幾つもの場面で出てきます。たとえば、勉強ができるのが良い子、みたいな。じゃあほんとに勉強できたらそのこは良い子なのか、っていったらそれはわかりませんが。その条件に当てはまったほうが良いんだけど当てはまらない場合、当てはまらないことに苦悩します。顔が絶世の美青年でない場合、男は顔じゃないハートだよとか、この場合美青年やアイドル似の他人を否定しはじめやすくなります。否定しないようにするのは厄介でです。つか、言葉自体はほんと厄介だと思う。でもっていくつかの最大公約数的条件に合致しないこと・差異があることに関してまともに受けとめようとすれば疲弊します。なんのことはない、差異があるときにその差異がどうしようもないときは、いかんともしがたいからです。
おそらく「マジョリティ」とか「マイノリティ」という概念もおそらくその条件合致でなりたってて、条件合致数が多いというか共通項の多い場合がマジョリティで、そうでない場合はマイノリティなんだろな、と推測しています。もしかしたら違うかもしれませんけど。ただほんとマイノリティはマイノリティたらしめてるのは何かっていったら、いくつかの他のひととは違う差異であって・あいまいな説明しにくいもので、なおさらそれが差異がある理由を他人に簡単に説明するのが困難で、説明を求められると非常に厄介なのです。セクシュアリティに関することならえてして「他の人が可能なのになぜそれができないの」という単純な問いででてくるんすけど、それにこたえるのが厄介で、うまく説明できないと「かわいそうな人」・「変な人」で終わってしまうところがあります。だから最初っから黙っちまうところがあったりします。さらに厄介なのはノーマルってことばで、多くの人がすること・体験することはノーマルなんだけど、そうじゃないとノーマルじゃない、ってなほうになってしまう。男のひとと寝るってのは多くの男の場合、あんまり経験しないから、ノーマルじゃないっていうほうに分類されちまうのだけど。逆にゲイって人と付き合うと、女性と付き合ったことがあるとなんかこうノーマルじゃないっていうほうにわけられちまうのですが。おれなんなんだろね。どっちからもノーマルじゃないわけで。でもね、目の前に好きな人が居て、性的によろこばせようってときにさ、性別とかでノーマルとかノーマルじゃないってのを分類するほど、へんなことはないと思うのだけども。おそらく誰もが当事者および当事者の周辺者にならないと思ってるから、ノーマルとかノーマルじゃないってなことになるんだろうけど。
「他の人が可能なのになぜそれができないの」「ほかの人がしてることをなぜしないの」「ほかの人がいいといってるものをなぜ理解できないの」という問いはセクシュアリティに関することではよくでてきます。でも人は多かれ少なかれ差異があるので、誰かができても別の誰かができないのは決しておかしな話ではないのですが、場合によっては不思議なくらい忘れられることがあったりします。「他の人がそれが好きなのになぜそれが理解できないの」というのはシビアな問いです。他の人ができることがなぜか条件になっててそれに合致できないとなぜかと問われちまうのですけど、婉曲的にそれができないことが他人と同じスタートラインに立てないアウトの宣告・脅迫になりやすかったりします。なにかをみて発情する、ということがほんとは差異があってもおかしくないはずなんだけど、そこでふるいに掛けちまい、ノーマルではないってのは、あいつら俺らと同じではない、っていう検察官気取りの婉曲的なアウトの宣告です。でもって怒られそうなことを敢えて言うと萌えの名のもとに表現物ではノーマルではないカップルって、へんなことさせられちゃうことがあるでしょ。
でもって「なにかの条件が合致することによって認められる」というのを経験してそれが変な方向へ発酵すると、人に認められる嬉しさと同時に、人に認められるかどうかというものさしができ、おのれの存在が条件付きで他人に認められるかどうかにかかり、その条件を満たすかどうかが不安になったりしはじめ、希望と絶望を往来するように・常に自分がオッケイかアウトかどうか、無能感と有能感を気にするようになります。ここらへんオトナになった今、他人のものさしを自らに当てはめることが変だって気が付いたから抜け出すことができたのですが、けっこう抜け出すまで時間がかかりましたっててめえのことはともかく。
元ネタを知らないけど、ノーマルって言葉で、勢いで書いた。