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[飛鳥・苑池遺構]
ここ10年くらい調査がずっと続いてまして、
・南北二つの池がある
・南池は五角形で南北およそ55m、東西およそ65m、東岸が高さ3m、西岸が高さ1,3m、池底には石が敷き詰められて、中島や石積みの島があり、石組み給水暗渠によって池に給水する石造物があった。なお戦前に南池(もちろん当時はここに池があるなどとは誰もわからなかった)からは溝と窪みによって水を受けて導水につかったと思われる石造物(通称出水酒船石)がでてて京都南禅寺周辺の野村財閥の別荘碧雲荘の茶室のそばに蹲踞としてつかわれている
・北池には接続水路と南北最大およそ54m、東西最大およそ36mほどで、深さは3m程度、北東隅っこに階段状の施設があり、池底はやはり石が敷きつめられていた
・池の東には砂利が敷き詰められていた
ということまでわかってます

写真は南池跡です。先月、ここでいくつか発見がありました。水はありませんが、石垣等と中島がわかりますかね。写真左が方角が北になるのですが、橿原考古研の調査パンフレットによると中島の北に柱が2本でてきてて、おそらく池にせり出すように木製の構造物があったのではないか、という見解です。底から30cmのところで色が変色していたので水深は30cm、おそらく池の底を見せるような構造であったのではないか、とのこと。木が腐らずに残ってたということは、地下水がそれだけ豊富で冷たかったからかなあ。念のため書いておくと地下水脈ともつながってるのでいまのところ放置すると水が溜まります。

南池跡のさらに南には(シートがかぶせられてますが)掘立柱塀と掘立柱建物の痕跡が二棟分あり、おそらく池を眺めるためのものではないか、という見解です。
おそらく饗宴や祭祀につかったのではないか、という予想なのですが、たぶん調査は今年度が最後かなあ。
明日香村の岡というところで、飛鳥板蓋宮跡の西になります