・他人の秘密を聞こうとも思わないし、だれにも話しにくいことは聞いたら聞いたで考えちまうんだけどしんどくなるので、避けることが多い。つか自分のことで手いっぱいってことが多い。つか、手一杯であればあるほど語りにくい。しんどさと向き合うことになるから。語ったところで解決するわけでもないいし、それがなんの役に立つのかっていわれるとしんどいわけで。それでもなんか書いてる・語ってるのは失敗事例なりなんなりを残しておいた方が、もしかしたら役に立つのではないかという、会社にあった失敗事例の報告集をある日改めてみてから考え方を変えたから。
・書くとか語るというのはまともにやるとけっこうしんどいっす。どこまでまともになるかで、「ええかっこしい」が許されるならそれはそれでしんどくないんだけど、ええかっこしいでないところは「語るに足らない」ことが多い。ええかっこしいというのは「こうあるべき」論に近くなって、振り返ったことにはなりにくい。でもその「語るに足らない」ことのほうがほんとは「語るべきこと」なんじゃないのかな、と。
・たぶん、秘密ってのは、いえない弱さです。その弱さってのはそう簡単にストレートに人は出せないんじゃないかと(あ、だから秘密か)。他人の視線も怖いし、比較されるのも怖い。なにかをあらわにする、秘密をあらわにする、ってのは他人の視線のある中で裸になるようなところがあるのではないかなあと。だから書く、というのは難しいのではないか。どうだろう。あ、全部ぬがなきゃいいのか。
・秘密を抱えることは隠すということに近接してて常に秘密とか隠すことを意識しなくちゃいけないのと同義で、常に意識してるということはどこかで露わにしたい欲求をはぐくみやすいのではないかなあ、と。
・やらない後悔よりやった後悔のほうが軽いんだけどほら、やったとはがんばったあとなかなかうごけないことってあるじゃないっすか。それとおんなじで、かくしていたところを公開したあとはしんどいことが多いから人は躊躇するのではないかと思うのだけど、なにのはなしをしてたのかわかんなくなってきたぞ。
・後悔は少なめのマイライフ!じゃないけど、秘密の公開も少なめのほうが良いのかな、と思うところがないわけでもない。文字って書いた後読み返して、うげー、ってなることないっすか。それを乗り越えるのが自我の強さなんだろけど、なかなか難しいような気が。
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自分(id:gustav5)のことを語る
