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【飛鳥京苑池遺構大7次調査・補足】
奈良県明日香村の飛鳥板蓋宮の西側に、苑池遺構というのがあります。正式には飛鳥京跡苑池遺構という名称でもう10年以上、発掘がすすめられています。
池は南池と北池2つあり、

現在は埋め戻されていますが北池が南北46から54m東西33から36m(北東側が階段状になってて底は石敷き)、さらに水路があったことが判ってます。

南池が南北55メートル東西が65Mで、五角形の形をし東岸が高さ3m西岸が1,3mくらいあることがわかってます。そこは石敷き戦前に南池(もちろん当時はここに池があるなどとは誰もわからなかった)からは溝と窪みによって水を受けて導水につかったと思われる石造物(通称出水酒船石)がでてて京都南禅寺周辺の野村財閥の別荘碧雲荘の茶室のそばに蹲踞としてつかわれてます。で、今月、その導水施設に接続する幅70cm深さ15センチくらいの暗渠が岸から一部みつかりました。いまはシートがかかっててみえません。よそから水を引っ張ってきて、この池に流れていたと思われます。噴水状のものなんてことが日経に書いてあったような気がするのですが、現地にあった資料ではそこまで踏み込んでません。

写真の向こう側が東岸で、今回東岸と南岸が調査対象で、東側では木柱の柱が一本出てきてます。現在は貯水がすすんでますが、池は地下水脈とつながってて、洪水時には地下へ水が流れ込み、小雨時にはおそらく水が地下水脈から水が補充され干上がることが無い調整池機能はあったのかもなんすが、ここがどういう場所であったのかは正直謎の部分は多いものの(症状に対応した処置法を書いた木簡や植物のタネ等が出てることを考えると薬草園・植物園が存在したか)おそらくかなり精巧な構造をもった池がある庭園ではあったらしかったり。