id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

人というのは特徴を捉えるのが得意だったりします。ですから、人をけなすとき特徴的な目につきやすい欠点をけっこうあげつらうことができます。そのかわり褒めるときも同じです。何かが巧いときに、特徴的なところを褒めます。それ以外は巧かったとしても、特徴的なところを褒めちまうので、褒めるというのは難しかったりします。特徴的でない、説明しにくい部分を褒めるのは厄介です。もしかしたらそういう言葉の技術を私が(教養が無いので)知らないだけで、ほんとは厄介じゃないのかもしれませんが。
前にも書きましたが、私はそれほどたくさんの歌舞伎を観ているわけでもないので、へたなことはいえません。でもいちばんやすい席で壁によっかかりながらでも20とか30とかそれくらいみるとうっすら気が付くことがあります。落語もそうなのですが、間をとったり目線を切ったりテンポや抑揚のバランス、というのが重要です。どっか欠けると舞踊でもキレイであっても退屈してきますし、芝居でも感情をこめたりってのはそれがないと、てんで聞くに堪えなくなります。舞台がおそろしいのは、巧い人が居ると、へたな人がすごく目立つところです。亡くなられた團十郎丈は踊らせても芝居でも、どこそこがうまいということは非常に言葉にしにくいのですが見てて飽きなかったし、もちろんとても巧い人でした。

けさがたのめざましテレビで訃報を知って、一瞬手が止まっちまったんすけど、一昨年くらいからいまに続く日本を支えてきた人がどんどん他界して、この言葉を書くのは何度目だナウシカなのですが、惜しい人がまた一人いなくなっちまったきが。