○わかりやすいのは東海道中膝栗毛かなあ。喜多さんは葭町の陰間のひとで、弥次さんはお客さんんで、でもってもともと駿府にいた喜多さんを江戸に連れてったのは弥次さんで、弥次さんのところに居候してた喜多さん連れて、神田の家を引き払い、高輪あたりで酒代踏み倒しちゃったけどどうするよとかいいながら二人して駆け落ちじゃないよって断りながら、伊勢へ行くのですあれ。やけに楽しそうなんすけどね。
江戸期は男色って、そういうこともあるよねって世界だったから読まれてたはずなんだけど、いつの間にか消えちまったと。
○なんで同性同士ですると気持ち悪いっていわれるかっていったらそら、「男の人は女の人が好き」という固定観念の強い場合は、その常識では男が男を好きになるというのは理解できないから。理解できないから嫌悪になるのです。数学が苦手な人が理解できない微分積分を、嫌悪するのと同じ。理解できないけどそういうのはあるかもしれない、っていう人と、理解できないものはそのまま放置してしまえって人が居て、嫌悪をずーっともってる人もいるわけで。その差はなにかっていったら、他人の存在を自分の延長線上に置くか否かだと思う。他人でも自分と同じ人であるんだからわかるはずだ、って前提に立てば、理解できないことはない、ってはずなんだけど、理解できない存在がそこあると否定せざるを得なくて、よくわからないから嫌悪する。他人なんてわからないじゃん、ってなひとは、理解できないけどそういうこともあるかもしれない、ということに気が付くんだけど。
○↑石原さんが以前、同性愛者はどこか足らない気がするっていったでしょ?あれ、石原さんの世界観で人を見てて、あの人理解できないものを理解しようとしないから、なにがどう足らないか一切言わないで、足らないって言ってしまう。石原さんは同性愛的なものは理解できないから嫌悪をずっと持ってるわけっす。でも彼は田中元知事のいうように弱虫だから、直接対決しないの。三島さんを否定しないし、完全排除はしない。
○目の前で気色悪いっていわれたら、ああそうですか、で受け流しちゃうかも。積極的に明らかにはしないけど。
○先天性じゃなくてすいません。
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