石原さんの太陽の季節の凄みは拳闘と同じくらいに恋愛がのめり込む対象であるということをあばきだしたというかそういう側面あるよなーと思わせたところで、邪推するとあのおじいちゃんはのめり込む対象が欲しいんでないかなあと。それが行政であり政治でありヨットであり文学なんだろなと。
退屈しのぎみたいなとは言わないが石原さんの良い意味でのいやらしさがでてるなーと。
問題は自分の世界観なり文学観なりを自分でつき崩せないくらいに石原さんが創作能力を失いもうろくしてるところだと思う。
大江さんが自分の文学の役割をみかぎつた上でさらにレイトワークといいながら創作してるのを考えるとちょっと石原さんの老衰ぶりが気になる
