きれいなものしかない、という世界はどこかウソなんだけど、目につくのはきれいなもので、でもってきれいじゃないもの、かなしみとかさびしさとかそういうのは、出しにくい。あとがめんどくさい。なんでそんなものかくの、とかいわれるわけで。
ついでにかいておくと「きれい」ってのはあまり意味がないと思う。きれいに意味があるか、っていったらないんじゃないのか。あるとしたら、そこに意味を見出そうとしてる人の脳内にしかないと思う、もし、きれいな絵をみて、それが惹かれたとしたら、それはきれいな絵に惹かれてるんじゃなくて、描いた人の対象物に対する愛情みたいなものを読みとってることが多かったり。
誰かの正解のようなものに、あわせるのはめんどくさいんだけど、きれいなものをかくとか、すでに評価されてるものをなぞる心理ってのは理解できないわけではないなあ、と。だってさ、「自分が描きたいもの」描いたってだれもなんともいわないかめんどくさいことが待ってるけど、誰かが描いててほしいと思ってるものとかすでに評価が定まってるものを描けば褒められるんだもん。
褒められたいがために描くのか、っていったらほんとはよくないことなんだろうけど、そこで褒められない選択肢をとるのは難しいし寂しい道っすよー。
でも、なんていうんだろ、たまーに自分の描いたものになにかを感じてくれるひとが居て、ああ通じたー、ってなときほど、うれしいものはなかったり。
絵じゃなくて文章とか写真とかでも云えるんだろうけど。
自分(id:gustav5)のことを語る
