id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

私は絶望的に詩的な人間ではないので詩を詠んだりはしないのでへたなことはいえないのだけど「私的な見解」というのが実はすごく重要なんじゃないかと思っていたりもする。美しいといわれやすいものに関して「これは美しい」という「私的な見解」というもののうち、多くの賛同を集めたものがたぶん世の中での審美眼とかいうものになるのではないか、と思ってて、でもそれは常に誰にも妥当するものじゃないのではないか、と思ってるのです。ちゃんと書いておくと、私は「なにがエロいか」ということに関して多くの人と違うんじゃないか、と思ってて、巨乳みたいな人もダメだし、筋肉隆々の人もダメだし、いわゆる熊体型みたいな人もダメだし、世の中において良いとされてるものはあんまり興味がない。だから○○が良い、といったときに「えー」といわれる確率は高い。そういうときに「わたしは」とつけたほうが抵抗は少ないわけで。
ただなにをかいても・真面目に書いても「面白いこと言う」みたいな誰かが持ってる「正解」との差異について(面白いという概念はほかの真っ当な解があると信じてるからこそ存在が許されるえらい上から目線のことばなんすけど)、指摘されたりするのでしんどいので、あんま云わなくなったんすけども。
話は飛ぶけど【あんたはどう思ってるの】というのが実は重要なんじゃないか、と思ってて、「個人的に好き」というのは決して悪いことではないんじゃないのかな、と思ってるんすけども。

あーたぶんこれ、上から目線とかとはちがう、ほかの人が持ってる審美眼とか共通認識を持てなかった・教養とかと関係ない、地を這うレベルからの呪言かもしれない。