大江さんの中では光ちゃんが音楽で自己表現をした段階で、「光ちゃんが音楽をつかってコミニケーションをする」ということが重要で「大江さんが文学作品を作る」ことよりも大江さんの中ではでかいことで、おれは子供を育てたことないし、この先育てることもないかもなんだけど、コミニケーションがダメかもしれないと思ってた子が社会に出て音楽を発表するということが、ほんと親として嬉しかったんじゃないかなあ、と。だからもう文学はいいんじゃないか、ってなことになりかけたんじゃないか、と(ここで中島さんは文学は文学者一人すら救えなかった・文学者を救ったのは音楽であって文学ではなかった・じゃあなんのために文学はあるの?と書いたわけですが)。
ピリオドを打った後に心底文学を必要とした・伊丹さんの死をきっかけに「取り替え子」は書いたけど、でも大江さんにとって光ちゃんがいる限りはほんと「レイトワーク」なんだと思う。たぶんそれはゆるがないんじゃないかなあ、と。
自分(id:gustav5)のことを語る
