わたしにとってマイノリティ問題というのは差異があるのに差異がないように扱われ同質化を要求されること・もしくは同質化を要求されないまでも云いにくいことが醸成されることなのではないか、と思うのだけど、そんじょそこらでわりとよく起きることのはずで、でもそれが問題として顕在化しないのがややこしいところなのではないかと。
差異があることにわりと寛容ではないのは、理想は語られやすいんだけど、たとえば「平等あるべき」というのが語られてはいるんだけど、「なぜ平等であるべきか」「配慮は必要な差異であっても平等であるべきか」ということがしつこくは問われないからで、差異があって配慮があったら「それはずるい」的な方向にながれちまうからで。で、そういうのが問われないから、世の中同質の人間ばかりという美しい誤解がうまれてて、差異があることに関してわりと寛容ではないのではないかと。考えるのがめんどくさいゆえの、差異を認めない社会なんじゃないの、と思ってるんすけど、この見方があってるかどうかはわかんない。
自分(id:gustav5)のことを語る
