仮面の告白の中で汚わい屋の青年を坂道で五歳の時に見て「私が彼になりたい」「彼が私になりたい」ってなことを書いてたはずで、その記憶に主人公は苦しめられらって告白してて、四谷の生まれというのを知ってたので、ほんとにあんなところに坂があるのかなーと思っていったら、坂があったんすが。

三島さんがなんで小説を書いてたか、というのはご本人に聞くしかないのだけど、現地へ行ってから「抱えきれないしんどさ」をずっと持ってて、それを解消するために書いたんではないか、ってのがずっと消えてなくて、そういう文学とか物語の見方ってどっかまちがってるんだろうけど、拭い去ることができない。
同じ「抱えきれないしんどさ」ってのを大江さんや遠藤周作さんにも感じるんだけど、ここらへん巧く書けなかったり。
文学ってなんなんすかね。ゲスな文学な見方をしてるってのは自覚してるのだけど。
自分(id:gustav5)のことを語る
