ゲスついでに書いておくと、三島さんは別にこの汚わい屋の青年を美青年とも筋肉隆々ともかいてないのです。でも、苦しめた。たぶん、主人公にとって欲しい健全な身体をしてたんだろうな、と。主人公にとって理想的なもの、というのは苦しみのもとになる。なんで苦しみのもとになるか、っていったら、たぶん理想とか想像ってのは、美しくてきれいで完璧に見えるんだけど、現実との乖離がでかかったせいかなあ、と。ああ、俺はあんな体になれない、っていう苦しみ。
で、美とか、そういうものにあこがれを持ってたんだろうけど、三島さんはそればっかり追い求めてて盾の会まで作ったは良いけど、やはり現実の政治とかとかい離して、ってのをみると、美しい理想にとらわれ続けたのかなあ、というような気がしてならんかったり。ああ、俺が書くと陳腐なんすが。
三島さんを刑訴の授業で指導した團藤博士が、彼は形式的なほうへいってしまった、って懐述してるのをみて、なんとなくそんなことを考えてるんすけど、あってるかどうかはわかんないっす。形式的なものほど、現実とかい離してても平気なので、美しさってのと親和性が高いような気がするからなんすけど。
なんだろ、やはり慣れないことを語りたくなると、ビー玉だけ転がる。
自分(id:gustav5)のことを語る
