あー、たぶん嫌われる要素ってのがあることを自覚してるので、他人からの異なる部分の指摘とか、排斥とか、怖いんだよな。でもって、指摘されてもそれをどう処理していいかわかんないし、変えようがないときに、行き場がないから、余計恐怖なんすよね。
でもって変わってるとかいう人にどこか変わってるか指摘されても変わってるという意識がこちらにないからどこらへんがどう変なのかがわかんなくて常に自分の事情を説明するしかないし、また教養がないから教養がある相手がなに言ってるかわからない時に「教養とか一般常識がないからわかんない」っていえもするんだけど、それは言ってはいけないお約束だから、なんとなく余計発言が怖くなるんだよな。
どこに正解があるのかわからない状態で、あんたの持ってる解は間違ってる、っていわれるのが怖いっていうか。そもそもえっちからして、他人と違う答えもってるしなあ。
云われ続けておれは常に「間違ってるかもしれない」っていう意識が抜けないのだけど、教養とかついてたら、もっと楽な人生歩めたんだろうか。
