あー、なんていえばいいのかな。
病的なくらいに恐怖があるんすよ。うまくいかないんじゃないかとか失敗に関する恐怖。成功させなきゃいけない、みたいな使命を帯びた時、たぶんほかの人よりそれが敏感になってて、失敗が怖いから他人から文句を言わせないくらい集中するときがあって、でもそんときは怖いものは怖い。そういうのをコントロールしないとまずいかもってのが去年の春先からずっと続いてて、恐怖は今年の6月7月と9月10月がマックスだったかも。その恐怖を垂れ流しにしていいことあるか、っていったらないんすよ。顔に出したら不安になったらついてきてくれる人もいなくなる。でも怖い。それをしばらく続けるとどっかやんでくるんす。まずめしが食えなくなる。5キロくらいあっという間に落ちる。あと調整が巧くいかない時かなあ。どないせえっちゅうねん、みたいなときがあると、キレたくなる。でもキレたらそこで終わりなわけっす。落としどころを探さなきゃなんない。ぐっとこらえる。こらえてると免許もってないからいいようなものの、深夜にオートバイ持ってたら暴走してたかも、みたいな衝動がある。そういう奇形性はあります。奇形性ってそういう意味じゃないかもだけど。そんななか、狂ってるとか頭がおかしい、というのを公然と認めるわけにはいかないわけです。ぐっとこらえてたものが、崩壊するから。でもたぶんもう、ちょっとは狂ってるかもだし頭がおかしいかもだけど。数字を見てて、数字が数字に見えない時があったりするし。
そこらへん、なんとか折り合いをつけていきてかなきゃなんない。でもやり方がわかんないから、模索する。模索のあいだ、ほかの人の作った音楽で落ち着かせるわけっす。本を読むことがあったりもする。本とか音楽は麻薬だよなあ、と思うんすけどね。
もしかしたらおれみたいに「どこかあたまがおかしい」と思ってる人がいるかもと思ってとりあえず書く。
