○本を読むってのは、知らない人の世界観を頭の中に取り入れるっていう意識がつよくあって、だから本を一回読んだだけじゃまったく理解できない、ってこともあるんすよー。俺馬鹿だから。なんべんも繰り返しますけどマクベスの「Fair is foul」っていう冒頭の言葉、あれがほんといまだに理解してないと思う。シェイクスピアの世界観とか理解できてないっす。知ってどうなるの、っていえばそれまでなんすけどね。その世界観をうんうん考えるうちに時間が経過してるので、本とか文学って時間泥棒だとおもう。
○デートのあとでも前でもいろいろシュミレーションしたり振り返ったりするじゃないっすか。そうやって時間を消費してることに気がついたとき、試験前に記憶した「あいみてののちのこころをくらぶればむかしはものをおもわざりけり」っていう和歌が妙に生生しく目の前によみがえってきたんすよね。ああ、頭で理解してても無駄ではないけど、体験するとよりいっそうわかってくる、ってことがあって、以降、なるべく何かを読んだりしても、それを自分の身に取り込めるもんなら取り込んで、いろいろ考えるようになったし、言葉もできる限り自分の体感したことを中心に書いたほうがいいのかなあ、と思うようになったっす。
○もう、試験も何にもないから誰かが持ってるであろう正解に近づけて感想を書かなくてもいいよなー、ってのもあります。
○冬犬さんがかかれてはる、絵を紹介したいのか、絵を見た自分を紹介したいのか、っていうのであるなら、私は絵を見た自分を紹介したい派だなあ。
新国立で、陰影礼賛の絵画をみてて、東山魁夷さんかなあ。池のほとりの白い木って、現実にはありえない光景を書いてた作品があって、おれそれを絵じゃなくてその光景をどこかで見た記憶があるんすよ。どこかっておもいだせないし、ほんとに見たわけじゃないかもだけど。でもなんだろ、そういうことを書くのが実は絵を描く人への、礼儀なんじゃないかなあっていう気がしないでもないっす。
○あの新国立の陰影の企画でつくづく思ったのは日本の影とか陰って、なんだかなまめかしいなあ、と思えたんだよなあ。なんでそう思ったか、ってのはうまくことばにできないっすけど。
○やはりことばをしらないと、うまくまとまんないっす。
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