id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

【十日の菊】
社会通念上、性ってのは非公然性を求められます。ですから、人前では普通はパンツをはきますし、性行為を公開をしません。また二人でするセックスは相手の同意が重要です。現行法の社会では、同意なきセックスは犯罪になりかねません。それら社会の通念を取得してく時期に強姦や強制わいせつを含む過激な表現ってのを無条件に子供が見続ければ、その子の性の非公然性やセックスにまつわる観念がゆがむ可能性ってのは肯定もできませんが否定もできません。過激表現を教育上未成年にみせるべきではない、ってのは(感覚的には)判らないでもなくて、過激描写の流通の規制をする都条例の必要性ってのは理解できないでもないのです(今回は規制の対象にはならないけど、たとえば顔射とかかなあ。ああいうのをなんべんもなんべんも見てると、顔射してもいい、ってのが当たり前になると怖いんだよなあ。いまでも顔射してもいい?って訊く人いません?)でも、(前に書いたことのくりかえしになりますが)見せる見せないの規制を画一的に行政がやって良いのか、って言うとどうかな、と思いますし、あるべき性道徳を行政が誘導する、ってのは思想統制みたいなもんだと思ってるので、ちと怖いと思ってます。
表現の自由ってので、よく付随していわれるのが、「さまざまな表現物をみて、自己実現の一助にすべき」っていう必要性っす。こんかいの条例でかけてるのはここです。
で、今回規制の対象になるような強姦シーンのあるような漫画・アニメについてなんすけど、他人の同意を得ない一方的なことってのは、考えようによっては楽であったりします。相手をもののように扱う、っていう作品もあったりします。で、自分の快感のために・楽するために人を都合よくもののように扱いたいってのは、ひょっとしたら案外誰もが持つのかもしれません(じゃなかったら代替品としてのバイブやTENGAが売れないでしょう)。で、人というのは衝動におぼれやすくてセックスの場面で他人まで思いやれないことがあるという、その未熟さをえっちなメディアを通して直視するのも、実は未成年のうちにやっておいたほうが良いのではないか、なんて思うのですけどね。別の意味で教育上よくないのではないかなあ、と思うのです。えっちなものばかりみるのは良くないけど、まったくみせないでおくってのは。