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自分(id:gustav5)のことを語る

【もらいぐるぐる】
うー、野田さんのように、卵子を第三者からもらった場合、分娩の母というか子宮の母(野田さん)と遺伝子上の母(卵子の母)ってのが、今の日本の場合、生殖医療ででてきちまうのです。遺伝上は野田さんとお子さんのつながりはないのかな。で、日本の戸籍実務っていうか家族法実務は遺伝上のつながりがなくても分娩した人=子宮の母の子になります。条文じゃなくて、最高裁判例です。
向井さんは代理母をつかってて卵子の母=向井さんが母としてのよる出生届を認めよ、ってなことでした。「他人の産んだ子でも遺伝的に親子であれば、実の親子と認めよ」なんすが、ダメだったのはご承知のとおりです。遺伝子上のつながりを重視すべきという意見もわかるのですが子宮の母でなく卵子の母すなわち遺伝子を理由に実母と認める方向へいって仮に代理母の存在をすっ飛ばして実子として戸籍に記載することになってしまうと卵子の母が子宮の母による子の出生より前に死亡した場合に問題が起きてきます。子の誕生日の前に母が死亡、というふうになるわけです。たぶんそういうことがあって、認めるわけにはいかねーだろーなー、と思ってました。生殖医療ってそういうことがおきかねないので、いまのところ子宮の母≒戸籍上の母ってことにするはずです。

また生殖医療自体のこととして、生まれてきた子は、複雑な親子関係を生まれたときから背負うことになります。外国から卵子の提供を受けたのださんは生まれてきた子はハーフのようになる、っておっしゃってるはずですが感覚的に「うーん」っておもっちまうのです。それでも血のつながった自分の子供が欲しいというのはこれまた感覚的にまったく理解できないわけでもないですけども。

意図的に家族を増やすというのは、それぞれのカップルに属する自己決定権のようなものであるとおもうのですが、子供を授かることが権利なのか、それともそうでないかで結論が違ってきちまいます。のださんのような選択する場合不妊症患者の中で選択肢がすくない、というのはわかってはいるのですが、反面、他に選択肢が無いならあれば何をしても良いのかといったら、なんか違う気がするのです。気がするだけで、特に根拠なんかなくて、つきつめると人為的に生命を操作して誕生させることに、果たして人間が関わっていいのかどうか?という、びみょうな問いに行き着く気がします。