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自分(id:gustav5)のことを語る

10年くらい前に発掘がはじまって南北二つの池があることがわかってました。ほかに桃の種がみつかったりしてて、周囲は薬草園だったのではないかとか、地下水脈と飛鳥川とつながってて、洪水を防ぐ調整池兼、飛鳥板蓋宮周辺の水路の終着点として機能してたようなんすが、

南側はともかく↑今回北側のほうの池のあとに階段状のものが見つかって、さあ、いったいなんなんだろ、っていう状態になってます。深さは3メートルくらいあると推定されてて、謎が謎を呼ぶのです。調整池に、そんな機能必要か?ってなことになる。
で、敷き詰めてある石がどこの石を使ってるかってことを尋ねたらこの石はここら辺でとれるものではなくて遠く離れた天理あたりからもってきた、っぽいのです。万葉集の記述どおりに飛鳥には運河の遺跡もあるのであり得ない話ではないのですが。
うーん、でもなんなんだろ、ってな話を橿原考古研の方からお話をうかかいました。