【もらいぐるぐる】
刑罰は本来的に犯罪への応報なんすが、保安処分というのは社会防衛と本人の矯正のために行われます。危険そうな人、ということが判れば隔離できる。ですから、別に犯罪を行わなくてもいいじゃん、危険なことしでかそうとしてる人がいるなら、隔離しちまえ、それが世の中のためならば、という発想なのです。
で、人に悪い性質があると考えるときに、その悪い性質を持つ人間を隔離しちまえ、という考えを持つ人は実は少なくなくて、日本でも東大の先生にいらっしゃいました(故・牧野英一名誉教授)。
この牧野先生の説っていうのはドイツから来ててドイツのリストとかが主張してて、あちこちでしぶとく残ってます。社会防衛的なことを考えるとどうしても、魅力的に見えない部分がないわけでもないのです。たとえばミーガン法っていう性犯罪の加害者について情報を刑期終了後も公開せよ(つまり社会から少し隔絶しとけよ)、それが社会のためだっていわれると、うーんそうかも、って思っちまう部分があります。でもそれが正しいか、っていうとあやしい。刑罰を受けた後にもなお、疑いのまなざしをもつことがいいのか、っていったら、どうよ、なわけで。
どっちが大切か、社会なのか、個人なのか、なんすが。
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