英国王室のニュースってのにあんまり興味なくて、婚姻の書類ってのにだけ興味はあったけど、基本的になにがどうすごいのか、わかるようでわかんなかったり。
この「わからない」感じってのは、たぶんに「知らない人」だからってのがある。知らない人が結婚しようが離婚しようがどうでもいいじゃんとか思うところがある。仮にケイトさんが知り合いだったら興味持つかも。
あったことない人でも本を読んでるうちに興味持つことがないわけでもないです。それが犀川先生とかで、最初は「知らない」人だから、興味はなかったんだけどそのうちその人がわかるようになってから、気になるようになったんすが。で、フィクションの場合は相手がほんとにいないから、気になるってのは妙なんすけども。森先生がフェイドアウトします、って言った時点でああそうか、犀川助教授にそのうち逢えなくなるのか、なんてさびしくなった私はどうかしてるんすけど。あとは歌舞伎かなあ。文七元結ってなのがあるんすが、登場人物がまあ、50両を巡って大川端で苦悩するのですが、その苦悩をわがことのように感じたりするのでその場面はいっつもひやひやします。
そんなふうに【しってるひと】と【しらないひと】で区分けしてフィクションと現実のあいまいな人間なので、ひょっとしてほかの人にもフィクションと現実があいまいなところ、ってあるんじゃないか、ってのは思ってます。
でもって考えすぎなのかもしれないけど、フィクションで都条例とかで規制されるような鬼畜なものが好き、とかいうのをみると、なんとなく恐怖を覚えちまうわけっす。フィクションとリアルはちがうよ、ってのは判ってるし、鬼畜っぽいものが好きな人でも普段は品行方正なひとがいるのかもしれない。でも、私自身がフィクションとリアルってのをあいまいなところがあるので、警戒するところがないわけでもなかったり。もう30超えてるし、狙われる年じゃないんすけど、どこか生理的嫌悪感がどうしてもでてきちまうんすが。
う、まとまるようでまとまらない。
