「世知辛い世の中になった」という意味なら「世知辛い」≒「けち」の意味ですから「せちがない」は誤用だと思います。
「せちがない」の「せち」は世知弁聡ということばからきてるはずで「世知がない」というときには「世俗の知恵にたけてない」「こざかしくない」という意味かなあ、と思ってました。でも、ここらへんいまいち自信がありません。つか、書いてる私が知識として知ってても古語の文法や言葉の定義を厳密に考えて他人にちゃんと説明できてませんから、やはり意味不明になっちまうかなあ、という気もします。俺も正直申しますと自分の使い方が間違ってたのかな、という確認をしたというか、よくわかってないところがあります。
自分(id:gustav5)のことを語る
