id:gustav5 は
うさんくさい言葉のことを語る

松山から予讃線で一時間はかからないところなんすが、宇和島へ行く途中に大洲というところがあって、

大洲は伊予の小京都っていう言い方をする場合があります。大洲の近辺は実は木蝋(蝋燭)の産地で、京都・大阪へも出荷してました(外国へも出荷してて幕末はいろは丸という船を買って竜馬に貸してたくらいです)。
大洲以外は詳しくないから何とも言えませんが大洲はたぶん江戸時代から商売上、京都大阪とのつながりが濃くて、そのつながりから京都の建築技術や意匠を参考にしたのではないかなあ、と。木蝋の代金で呉服や帯などの商品が伊予に行き、その審美眼が何代にもわたって蓄積すれば、京都のようで京都ではない雰囲気が発生し、街並みにも波及してそれが時代を経て「小京都」という呼称になったんじゃないかなあ、と愚考します。
日本各地の小京都も京都との商売などのつながりがあったんではないかなあ、と、うさんくさい東男は愚考します。