【あとで消すかも】【メモ】
ナチスが出てくるまでユダヤ人っていうのはユダヤ教信者を指してたことがおおかったらしいんすね。けど、ナチスがユダヤ人を血の問題にしたんすよ。したらそれがいつのまにかユダヤ人の定義になってた時期があります。そんなふうにカテゴライズって言う行為はひどく相対的なもんなんじゃないかな、っておもったり。で、ですね、抑圧する側がそういうふうに恣意的にあいつら○○だ、っていうわけっす。カテゴライズっていうのはそういうときにおきやすいんじゃないか。抑圧・否定しようと思ってる側が相手を枠付けて否定抑圧するためにカテゴライズってしてきたんじゃないっすかね。これに対して抑圧される側も対抗して線引きせざるを得ないんだけど、線引きしたってカテゴライズが相対的なものだから、その集団に属してる人からすると確信なんてものっそあやふやなんじゃないっすかね。びっちとかフジョシって言う概念もたぶんすごくあやふやなんじゃないか。
なんとなく思ったのですが否定抑圧したい側は「けしからん」っていうのがえてして動機の主なんじゃないかな、って思ったのですが。ビッチのどこがいけないのか、フジョシのどこがいけないのか。宗教的な道徳観念は別とすればたぶん「けしからん」は皮膚感覚でしかないんじゃないか。びっち批判はあいつらいい思いしやがって、フジョシ批判は脳内妄想垂れ流ししやがって、という「けしからん」なんじゃないっすかね。
どうでもいいですが私は処女じゃないし、童貞でもないっすけど、これ、ビッチなんすかね。
自分(id:gustav5)のことを語る
