【正統の話】
松山の郊外の札所に円明寺ってのがあって、そこに隠れ切支丹が拝んでたという、十字架のようなものがあるんすよ。伊予の隠れ切支丹が遍路に身をやつして拝みにきてたらしい。で、長崎へいったとき、泊まったのがクリスチャンセンターで、たまたま円明寺の話をしたんすね。クリスチャンセンターの人は、その時代に松山に隠れ切支丹が居たとは思えないし、そんなこといったら松山藩やその寺は潰されるだろう、と。なおも食い下がったんすけど、結局、それは正統なキリスト教の信仰によるものではない、ってなことを言った。たぶんキリスト教史的なものからすると、聖跡にもならんだろうし、正統なものではないんだろうとおもう。
でも正統であることに(その十字をたよりにこっそり信仰を守った人が居たとすると)、どれほどの意義があるんだろう、ってなことをたまに考えるけど、いまだ答えが出なかったりします。
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