id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

こんばんは。
浦上に行くまでお恥ずかしい話ですが大学受験レベルの知識しかしりませんでした。泊まったのは浦上教会のそばのカソリックセンタのユースで、そこで親切にいろいろレクチャをしてもらえたのです。禁教下の間潜伏していたキリスト教徒の話とか、カソリックに結果的に「復帰」せず禁教下で神道とあわさって多神教的な信仰を持ち先祖崇拝もする人たち≒カクレキリシタンの話もそこではじめて知りました。土着化の過程で長崎県でも北部のほうは納戸の神様とか氏神さまかと一緒になり(結果としてそのまま信仰し)南部のほうはそうではなかった、なんてのもそこできいたのですが。
ユースって雑談することがあるんすがそこで過去には仏教徒に紛れて信仰をまもってたんすよ、ってことを韓国のクリスチャンの人に話すつもりで、その延長線で円明寺の話をしたのですが、そこでちょっと居合わせたクリスチャンセンタの人は引っかかったみたいです。円明寺は真言宗で阿弥陀如来を本尊としてますからそこに一緒にある以上はキリスト教学的にみて純粋なキリスト教の史跡ではないでしょうし、隠れ切支丹の人を糾弾する意味でなにかを言ったわけではないのは承知してるのですが、なんだかなー、と浦上でもやもやしたのはたしかです。
ただご存知かと思いますが、浦上は弾圧が苛烈なところで、仏式でお葬式をあげたあとにさらにこっそりキリスト教式で葬送することを江戸時代ずっとつづけたわけで、そこらへん斟酌すると正統ではないって云えばそうなんだろな、なんておもっちまったのですが。でもその十字をたよりにこっそり信仰を守った人が居たとすると、正統であることにどれほどの意義があるんだろう、っなことを考え、螺旋階段をぐるぐるとまわるようになっちまい、頭を抱えちまうんすけど。
念のため付け加えると、クリスチャンセンタの人はどなたも丁寧で、親切で、フレンドリーです。翌日の朝のミサについてもにこやかに、見学なさってください、っていわれたのですが。

余談ですがほかにも今治のそばに弁天様系のマリア様がいるはずです。ちょっと不思議な場所です。愛媛って。
巧くレスできてなかったらすいません。