【何かを受信しながらまとまりなくぼんやり】
「チャタレイ夫人の恋人」は猥褻文書でその出版差し止めは公共の福祉にあたるかどうか、ってことが焦点のひとつとして争われた裁判があります。そんなかに「例えば未開社会においてすらも性器を全く露出しているような風習はきわめて稀れであり、また公然と性行為を実行したりするようなことはないのである。要するに人間に関する限り、性行為の非公然性は、人間性に由来するところの羞恥感情の当然の発露である。かような羞恥感情は尊重されなければならず、従ってこれを偽善として排斥することは人間性に反する」【チャタレー事件判決(最大判S32・3・13刑集11巻3号997頁)】っていう判決理由中の文があるんすよ。こういうのをみてると昭和30年代にはどちらかというと性に関しては非公然であるべきっていう判断が下敷きにあったんだとおもいます。
でもって、昭和51年に四畳半襖の下張りという小説が猥褻文書に相当して編集者が起訴されます。で、この裁判をやってるとき、猥褻文書かどうか、ってなことのほかに猥褻でなにが悪いの?っていう論点になっちまったらしいんすよ。で、猥褻とはどんなものかっていっても(あからさまなものは別ですが)明確なラインって引けませんでした。この裁判で「徒に性欲を興奮または刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」がわいせつであるという、有名な判例がでてくるんすけど、これも判るようで判らないようなわいせつ概念なんすけど。そのあとバブルの前後でしたっけ、ヘアヌードが大手を振って出てきます。
ただ、5年くらい前かなあ、丸井の水着のキャンペーンでビキニを着た女性が仁王立ちしてるポスタが駅貼りであったんすね。で、ビキニ越しにどうみても股間の形状がわかるやつだったんです。どうみても猥褻じゃないし健康的なんだけど行き過ぎじゃねーのかな、と、なんとなくもやもやした記憶があります。どこまで許容されるべきものなのか、って考えちまうんすけども。で、野郎が股間の形状のわかる水着はいてたら、わいせつ物陳列とか言われちまいそうですが。
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