【人は死せども恨みは残る】
「崇徳院のたたり」ってのをおそれた京都の人は地蔵菩薩として崇徳院を京都に戻らせいったんは仏として扱うのですが、それでも恐怖の存在であったらしいんすよね。ストクイン地蔵(←今でも現存する)がいつのまにか人喰い地蔵っていわれちまうのです。で、(崇徳院の呪いのために朝廷中心の社会が終わり武家社会が続いちまった、って云う考え方が支配的だったので)大政奉還のあたり、天皇中心の政治にするために幕末に讃岐から霊を持って帰って白峰神宮を作って祀ったりします。
人の恨みってのは人が物理的に消えても、ほかの人の中巣くって生き続けるものなのか、ってのを崇徳院の話を知って、はじめてわかったんすよね。
恨みってほんと怖いなー、って思ったです。
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