id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

マジレスありがとうございます。
>「他者など理解できるはずが無い」という認識は
>まず最底辺にあるのですが、
>それでも人は生きるために区別をしなくちゃならないので、
>自分の記憶から相手を想像して
>この部分は同じじゃないか、ここは違うんじゃないか、
>と四六時中判断を繰り返しています。
>無理解、断絶というと
>ある特定の相手との間にだけ横たわるもののように聞こえますが
>実際にはあらゆる人との間にこれがあるはずです。
>その大きさ深さが全て違うだけで。
ここらへん同じという部分がほとんどで、そのとおりだと思いますです。
で、相互理解にキリがない、というのがむくつけき東男からすると素朴に「ああなるほどー」と思った点です。男の代表をつとめるわけにはいきませんが、男って「キリがない」ほどではないのではないか、と思いました。もちろん相手を知りたい・知ってほしい・相互に理解したい、と思う欲求はありますが、私自身は「キリがない」というほどではないのではなかったような気がします(淡白である、ということかもしれませんけど)。キリがないことによるいばらの道というのは、想像にすぎないのですが、なんだか判ります。
で、そのぶんブーメランなんすが相手がほんとに自分を好いてくれてるのかどうか、ってのが気になって、発情してくれてるのが嬉しかったりしてましたから、キリがないほうがいいのか・適当でいいのか、どっちがいいのかわかりませんが。
【機能面から生まれる感覚共有の「無理解・断絶」】についてはたぶん、これは男のほうにも救いが(ひょっとしたら)有るかもしれないっす。
で、下品なのですが先月三越岡田事件に関することで「取締役は代表取締役にキンタマを握られたらなにもいえない」というリプライをしてから冷静に相手を確認したらうわああ相手は女性だった!ってことに気がついて、リアルだったらセクハラだよなー、と思っちまい下半身関連のことばを使うのまずいんじゃないか、と勝手に思いはじめてて、実は模索してます。
返信が遅くなってすいません。