【三島由紀夫】
「人間の変貌の奇蹟を、一旦こうして目のあたりにした以上、私自身も多少変わらざるを得ませんでした。自分を確乎たる人間と信じる私の素朴な確信は、不安にさらされて自からわざとらしいものになり、確信であったものが意思に変わり、自然であったものが当為に変わりました。尤もこのことは裁判官という私の職業に或る利得をもたらしました。犯人を扱う場合に、いわゆる応報主義と教育主義、人間性に関する悲観論と楽観論の、どちらにも偏ることなく、ある状況における人間の変貌の可能性を信ずることができたからです」
三島由紀夫「豊饒の海」第二巻『奔馬』
上記にあげた「人には可塑性がある」ってのは團藤先生の根底に流れる思想なんすが、三島さんは團藤先生の刑事訴訟・刑法の理論に傾倒してたんすよね。師匠の思想が作品の中に出てきてて、團藤先生も、僕の思想だ、なんていってるくらいっす。三島さんがいなくなってしまってから團藤博士は「平岡くんは私の刑訴の理論ばかり勉強してたから自殺したのであり、刑法を勉強してたら自殺しなかったろう」ってなことを云ってます。刑事訴訟法は手続法の世界なんすが、三島さんはどうもそっちのほうが強く惹かれたらしいっす。ある結論を導くために、なにかを積み上げるようにカチッカチに話を展開するよなあ、って鰯売恋引網を観ながら思ったことが有ります。私の解釈なんてどうでもいいですけど。
で、三島さんは本気で人には可塑性がある、ってのを地でいったんすよね。大蔵官僚を辞めて作家になって名声を得たし身体を改造した。で、可塑性ってのをしんじてたからこそ【天皇を中心とした輝ける昨日の日本】ってのを作れると信じてたんじゃないかなあ、と。実質的にそれをどうするか、ってのを考えずにいて、形式的に手続として市谷台へ云って自衛隊のクーデターを求める演説したんだろうなあ、と思うんすよね。形式的には本人の脳内では悲観論にも楽観論にも偏ることなく完璧だったんじゃないかなあ。それがだめだったらどうするかってのは考えてたかどうかはわからないけど。でもそうなったら答えは簡単なんすよ。輝ける昨日の日本の美学からすれば生きて恥をさらすのは良しとはしないでしょう。そら豊饒の海に沈んだほうがましっす。
文学の世界をほんとよく知らないけど、三島さんは虚構にも生きてないし、小説家ではくくれないと思いますよ。なんなのか、っていってもわからないっすけど。形式的なもの、形式的な美にとりつかれちゃった人だろうなー、と思いますが。
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