id:gustav5 は
id:dadakoのことを語る

○「表現や情報にうまくつきあえるようになることが大事」というのと「玉石混淆の中から自分の判断で自分に不要なもの必要なものを選びたい、そのためには玉も石も存在しなきゃならないと思う」というのも判りますです。ただ、「うまくつきあえるようになる」ってのは、すごく難しいような気がしますです。私自身はたとえば「エロは耐性がそのうちできて、どんどん刺激を求めるようになる」ってことに気がついたのは恥ずかしながら半月くらいかかったです。未成年のときはそんなふうに判断が未熟なので「著しく性的感情を刺激し甚だしく残虐性を助長するもの」に触れちまうと(えてしてお金がないっすからたぶん繰り返し見るとそれがあたりまえになって)「青少年の健全な育成を阻害する」のではないか(→だから過激なものは規制すべき)ってのはいくぶん傾聴に値するし、なるほど規制は仕方ないのかな、なんて思う部分もあります。
でも、玉も石もあれば判ることもあるわけで根絶やしにするのもたしかに変ですよね。
○マンガって省略ができるじゃないっすか。たとえばアンダーヘアだとか毛を省略できちまいます。逆に写真ってなんでも写しちまいますよね。写真がダメでマンガが規制されてこなかったのはひょっとしてそこらへんがわいせつ性ってのを軽減してて「著しく性的感情を刺激しないもの」として規制されてこなかったのではないか、なんてことを考えました。
>でもマンガが無視できない力を持ち始めたので
>「把握した」「野放しにしない」という意思表示のためのものでも
>あるんじゃないかと思う。
やはりそうかもしれないっす。
○さらに脱線させると
>加害行動に出ることには
>加害者が感じているストレスと
>それに付随する孤立感がかなり関係してるように感じてて、
うまく書けないのですが、なんだかわかるような気がします。