【文学をころしたのはだあれ?私だわ、と大江健三郎はいった】
中島梓って人が気になったのはそこらへんからで、大江健三郎が殺した文学をどうやって生き返らすか、ってなことを、栗本さんは考えていたんじゃないか、という気がしないでもないっす。飢えた子供の前に文学は有効であるのか、なんて本気で考えてたかどうかはわからないけど、栗本さんにとってはそれが自分のつむぎだす【物語】であるという自負がどこかあって、愚直にずっと【物語】を書いてたんじゃないかなあというきがするのです。で、栗本さんを必要としなくなった人は栗本さんと違う道へ行ったか、どんどん離れてったのではないかなあ、という気がしないでもないのです。飢えてる状態を脱すれば、栗本さんは必要ないわけで。
大江さんは「いーよー」が音楽で表現できるようになってから「いーよー」と社会をつなげようとした自分の文学の役割は終わった、みたいなことを公言してたんすけど、栗本さんは何のために書いてたのか。たぶん、井戸の中からでてくることをしないコミュニケーション不全の読者にせっせと物語を再生産・投下することが自分の役割だ、と思い込んでたのではないかなあ。と同時に、物語への没入とその使命感ががん再発の恐怖へのとうざのよすがになってたんではないかなあ、という気がしないでもないのです。
「グイン」は一冊も読んでないけど、終わらせることができなかったんではないかなあ。終わったら、自分の使命がなくなるし、物語に没入する機会がなくなるってことは、死と隣り合わせを意味してたんじゃないかなあ、と。それは栗本さんの弱さだし、等身大の姿なんじゃないかなあ、と。
私は文学がどういうものかぜんぜんしらないので小説家としてどうかは知らないけど、栗本さんががん患者ってことを考えると、そんなことを考えてました。でも、なんかまとまらない。
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