ああ、補足しておくと、大江さんは光ちゃんが自分で音楽を作るようになって、光ちゃんと世界をつなぐ役割をしてやろう、っていう文学の目的を必要としなくなったんすよね。で、断筆しちまうわけです。一度。それを傍からみてた中島さんは「文学は、水頭症の子供を抱えるひとりの文学者を救わなかった。文学者を救ったのは音楽だった」ってのにショックを受けたらしいのです。自分が拠って立ってた文学ってなんのためにあるの、という問題がでてきちまう。たぶん栗本さん自身が(物語に飢えた子供であったせいもあると思うのですが)「文学は飢えた子供の前で有効かどうか・救えるかどうか」というテーマを不幸にもどこか意識してる・もってしまってる人なので、そのテーマは一大事だったんすよね。で、中島さんは大江さんが証明しちまった「文学は文学者ひとり救えなかった」という事態に危機感を持ち、「そんなことないんじゃないのかなあ」と、そのあと物語を書き続けたはずっす。実際、不満もあったはずですがミステリファンややおいを求める少年少女の飢えを満たしてきたわけで。
余談ですが大江さんは身内の伊丹さんが死んだあとにやはり語りたくなって再度文学を必要とするようになって「取り替え子」を書くんすよ。大江さん自身がいったん不要とした文学を必要としたわけですが、それを中島さんはどう思ってたのかしりたいけど、わかりません。大江さんは個人的体験を書いてる文学にして消化したけど、中島さん・栗本さんは個人的体験をほとんど文学にしてないから、畑の違う話、ですんじゃいそうな気がします。
中島さん・栗本さんの悲劇というのは、ご自身がどこか「物語に飢えた子供」であったことと(だからどんな年になってももっとやおいをってなことを平気で言えた)、ご自身の中の「物語を必要とする体質・根源」というのを解決できなかった点にあるんじゃないか、と思うのです。たぶん晩年は「がん」と向き合わざるを得ないことと、小説道場の頃は、なんだろ、狂気のようなものがあったのか、寂しかったのかなあ。どうして不幸な話を書くんだろ、ってのがあったんすけど。不幸な話ってのは、蜜の味っすからそれを欲するだけのしんどい何かを抱えてたのではないかなあ。
あまり上品な話ではないので、このへんで。
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