id:gustav5 は
自分(id:gustav5)のことを語る

○私は間違って法学部に入っておきながらあほうがくぶをでちまったクチなのですが、民法の家族法の授業で【人は財産を得るときは合理的打算的行動をとるが、婚姻等では非合理的非打算的感情的行動をとる】ということを教わったんすよ。婚姻に限らず、恋愛とかセックスだってそうだろな、なんて思うのです。で、その教えに影響されてるので人の行動を合理的選択だけで説明できるかって云ったら違うと思うのです。ですから、ビアンだと思ってた人が男の人と結婚するのも「そういうことあるんだろうなー」と思えますし、同性愛のほうに軸足を置きながら異性と結婚するという非合理的選択をしたあとでその行動をちゃんと自分に・他人に合理的に・わかりやすく説明できるか、って云ったら難しいかも、とも思いました。ご本人が混乱するのも、なんとなくわかるんすよ。ただ私はついてるものがついてる男なので、女性の気持ちがわかるかって云うと怪しいけど。
なんだか、実例を挙げていただきありがとうございます。大学の授業で教わったことを改めて想起しました。
○でもって、
>同性と付き合うこと、交わることが
>ごく当たり前で、
>異性とそうするのと
>まったく同じ扱いである世の中だったら
>恐らく、彼女も「何か腑に落ちない」感とか
>あんまり感じずに済むと思うし、
>初めて同性に思いを寄せた人が、
>自分がゲイ(ビアン)なのか違うのかとか
>迷うことも少ないのではないかな
というのは同意見です。
話がちょっとだけ飛びますが、弥次さん喜多さんのお話って、実際いたのかどうかは別問題として、奥さんもいた弥次さんは喜多さんのいた葭町の陰間茶屋の常連で、でもってわけあって喜多さんと一緒に伊勢までいくわけっすけど、その設定がすんなり受け入れられてた江戸ってのはすごいな、と前から感じてて、なんだかおおらかというか「ああそういうこともあるかもね」で大目に見てもらえるような社会というか、もっぺんそんなふうにならないかなあ、って思ってるんすけども。