id:AntoineDoinel
あんとわのことを語る

今これを見なくていい、見ないほうがいい、
というものを、わざわざ確認してしまう状態について。

それを見たら(知ったら)いやな思いをすると 明らかに予測できる場合でも、
それを避けるどころか、むしろ自ら見てしまう(確認してしまう)ことがよくある。
案の定、嫌な思いをする。 そうなると事前に予測できていたのに、である。

「怖いもの見たさ」でもなく、たとえば、何かしらの物事を、
それを 嫌っている/苦手としている/避けたいと願っている人 に限って
それに気づいてしまう、あの感じである。
つまり、気にならない人にとっては さして意味のないことだから、
それが気にならない人は そのことに見向きもしないわけで、
あとで嫌な思いをするとわかっていることを、避けりゃいいのに
いちいち確認するとか いちいち考えるとかいうのは、
結局、そのことがいかに気になっているのかということの表れで、

(ここまで書いて 言いたいことがだいぶそれてきた気がしている。)

(気にしすぎはよくない、とか言いたいわけでもない。
気になるもんはなるんだから それは もう どうしようもない。)

見る(知る)と嫌な思いをすると予測できることであっても
確認してしまうのは、確認したときに、それが
自分の想定する「最悪のケース」でなければ、そこに何かしら、
ほんのちょっとでも安心材料を見出せる気でもするんですかね。
でもそれだったら、いっそ確認せずにいたほうが、
「知らぬが仏」で、余計なことを悶々と考えずに済むんじゃないのかと。

結局何が言いたかったんか わからん。
寝不足だと、ろくなこと考えられない上に 考え方が異様に暗くなる。
自分めんどくさい。