id:dadako は
自分(id:dadako)のことを語る

【勝手に引用】
>犯行とともに手紙の内容についても、メディアは「命の大切さ」を盾に非難したが、最首さんはそうした決まり文句にいら立ちも感じている。
 同居する三女の星子さんは「あー」と発声するが、言葉を話せず、八歳で視力も失った。食事も自分ではとれず、丸のみで、排せつの始末もできない。「植木鉢の花と同じで二日も世話をしないと死んでしまう。夫婦で旅行もできない」
>六十代の小児性水俣病患者の世話をする女性は「この子が先に逝ってくれれば」と語ったという。「この言葉を穏やかに言い換えると『先に死ねない』。さらに悩んだ末、無理心中を選ぶ人もいる。命が大切と分かっていても、世間では珍しくない。私たちは皆、そんなふうに悩んでいる」
 最首さんは「先に死ねない気持ちは私も同じ。自分も、この子(星子さん)が死んだら、どんなに楽になれるかと思うことがある。だが、命について、こんなに考えを深めてこられたのはこの子のおかげだと感謝している自分もいる。その両方は離せない」と話す。
「ただ、この子がいなければと思っても、殺すという一線は越えられない。それは『命は地球より重い』からではない。命には他の命を食べる残酷さもある。結局、命は分からないし、手に負えないもの。『いのちはいのち』でしかない。そんな事実がうめき続ける自分をとどめている」
 最首さん夫妻はそうして四十年間、星子さんと生きてきた。
>「この子が二十歳になるまで、私も妻も別の機会に一回ずつ『この子がいなければ』と言ったことがある。一回ずつだけ」
 そうした歩みを植松容疑者のような第三者や国家が「代行」し、決着を付けることだけは絶対に許せないという。「(そうなれば)八つ裂きにしたい」
(東京新聞2016年7月30日「こちら特報部」)