以前やってたイタ語講座応用編、美術講座で言ってた話。
イタリアでは理数系話はわからないと言っても恥ずかしくないけど、文系的な話はわからないというのはかなり恥ずかしい感じがあるそうだ。だから、NHKの高校講座みたいなのでやる数学なんかは、イタリア人はちょっと驚く、と。イタリアで国営放送があんなのやったら暴動が起きるんじゃ(笑)、って。
そのかわり美術史含む歴史は、小学校からきちんとみっちりやるらしい。
で。
こないだリクエスト本を引き取りに行った時、迷って借りてこなかった塩野七生の本に、イタリアの大学入学資格試験の話が載ってて、そこに書かれてた試験問題がとんでもなかったのね。例えば国語(必須)は、六時間かけて原稿用紙20~30枚くらいの論文を書く。設問四つの中から選べ、で、その設問も歴史と各国の社会情勢をきちんと知った上でさらに自分の見方も必要なもの。「国語」なので、内容もさることながら、全体の構成力や文章・言葉の選び方などもきちんとチェックされる。
あとラテン語も必須科目で、残りはその年の選択科目から選ぶのだそうだ。
イタリアでは高校と専門校に分かれてて、高校は大学で学ぶための勉強をする。といっても予備校的なものではなく、大学の教養学部にあたる感じらしい。5年かけて。
以前英国在住の人が、「いろんな国の人に接したけど、一番頭がいいと感じたのはイタリア人だった」と書いてるのをみたことがあったんだけど、なるほどと思った。少なくとも、大卒のイタリア人はほんとにすごいんだろう。
サインコサインタンジェントは女に不必要と言う一方で、国公立から社会学的な学部をごっそり減らすとか言う話が出てんだよね。
日本の大学って何のために誰のためにあんの? というか、何したいの? 専門家育てと同時にそれを使う人を育てないといけないはずなんだけど、その気はないの?
大学なんて効率性から一番離れるべきところだと思うよわたし。
個人的な体験からも、ほんとにそう思う。
