【勝手に引用】
「脱・病院化は、結果的に精神病院を閉鎖すること、あるいは精神病院が現に占めている中心的位置をかなり縮小させること、を指している。脱・施設化とは、精神医療制度の場面と構造を新しくすることによって精神障害にかかっている人びとの個人的、社会的な疎外を継続させない仕組みにすること、を意味している。われわれは皆、精神障害は本来何かの社会的脈絡の中で個人が経験する苦悩や混乱として存在する、と考える。それはまさに個人的なものと社会的なものが合わさってしょうじたものである」
「われわれは今日の精神医療制度の抜本的立て直しを要求する。なぜなら、今日の精神医療制度にはいまだに多くの人々を隔離し阻害することを黙認するものがあるからである。(略)われわれは、精神医療が社会統制の一つの手段であることに気づいている。しかし精神医療が異なれば、それによる統制のタイプも異なってくる。脱・病院化、脱・施設化、およびノーマライゼーションは、統制を少なくし、強制的方法を少なくすることに関係している」(シュラミット・ラモン)
「脱・施設化(のもと)では、精神医療の変化の結果として、利用者が何らかの形態で組織された公的な意思表示ができ、自分たちの問題に対処する際の一定レベルの自立性を達成できるようになった。しかし、脱・病院化の場合では、(新しい種類の封じ込めを要請するために形成されたともいえる)家族会からの要請で、時には利用者の沈黙と孤立と無力をもたらすこともある」(マリア=グラツィア・ジャンニケッダ)
「脱・施設化は、精神医療において行われていた乱暴な単純化をすべて排除する過程である。それはつまり、精神医療の対象の複雑さを再発見することを意味している。それはまた、収容所(アサイラム)モデルと臨床的、心理的モデルの持っていた推論による不明瞭な曖昧さを捨てる道である」
「脱・施設化の第一段階は、問題-解決という関係を分解することから始めなければならない。これは、もはや正常さを完全に回復するという完治を願わないことによって達成できる。しかし、これによって治療の可能性を見過ごすことにはならないのは確かである」(フランコ・ロテッリ)
(pp.192-195から抜粋)
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