『格差をなくせば子どもの学力は伸びる 驚きのフィンランド教育』福田誠治 亜紀書房
を、結局最後の数十ページ読みきらずに返してしまった。終盤にさしかかって日本の戦後の教育方針の変遷が書かれてたのだけれど、その途中に集団主義に移行した話が出てきた。班とか日直とかいう、もう見たくもない言葉。日直に与えられる絶大なる権力、班活動と言う名の、いわば班単位での減点積み上げ方式。思い出しただけで息が詰まりそうな小5の頃が頭に浮かんできて、うつうつとしてたら、唐突に「愛媛」という県名が出てきた。
ああ、やっぱり、と思った。
やっぱり、こういうときに名前が出るような、集団主義教育で名をはせるような何かがある・あったんだろうなあ、と。
わたしは実家を出てからずっと、もしこどもを育てることになったら、あそこでだけは育てたくないと思ってた。わたしが受けた教育があの土地のスタンダードなんだとしたら、わたしはあそこではこどもを育てたくない。わたしと同年代あたりの頃は千葉と兵庫は管理教育でほんとうに有名だったんだが、その千葉の、しかも両親ともに教師である友人に、「それは、うちよりすごい、本にできるくらいすごい」と言われたことがある。
勉強は嫌いじゃない、学習も嫌いじゃない、問題を解くのも考えるのも計算するのも本を読むのも嫌いじゃない、でも学校生活は地獄だった。子供同士の確執とかじゃないところで、学校そのものが軍隊の中にいるように感じた。本当に地獄だった。わたしには。
そういうことを、書籍の内容とはほとんど関係なく思い出した。
