id:dadako は
自分(id:dadako)のことを語る

おそらく幻視の原因のひとつは二階の幼児や犬の足音。もともと以前からこどもは見えてるらしいのだけども。
耳が遠くなっているというのもあるだろうけれども、それより、選択的にボリュームを調整する、みたいな力が衰えている感じ。人間すべての音を平たく聞いてるわけではなくて、ごく自然に聞きたい音を拾って聞く、そこにはおそらく、それまでの経験に基づく名づけのような作用が働いてると思う。無視しても安全と知っている音は無意識に音を拾わない。知らない音・不快な(経験を呼び起こす)音には、耳が向く。知っててもっと知りたい情報に関連する音にも耳が行く。脳が疲れてくると、それができなくなるんじゃないかと思う。
お年寄りが聞いてるようで聞いてない聞いてないようで聞いてるっていうのは、そういうのと関係してるんじゃないかと思う。特に本人が意識してそうやってるんじゃないだろう、おそらく。
わたしや同居人が特に拾わない微細な音にいちいち反応するのを見てると、そう思う。そして、拾ってしまった音に理由づけをして納得しようとした結果が幻視や妄想なんだろう、たぶん。
体がこう反応してしまったからには、そう反応するにふさわしい何かがある・あったに違いない、と理由づけをする、まさにその典型的な例、みたいなものがこのあいだあった。周囲もそういう理由を探すし、本人も探してしまう。実際は単なる生理的な反応で、本人が比較的調子がいいときには、これは感情とは関係ない生理的な反応・動きだと自ら説明もしていた。が、具合が悪いと、安心したいから理由を探そうとし、時に泥沼に這いこむ。
一緒に這いこんではいけない。