ようやっと『妖説太閤記』読み終えた。前半と後半で全然趣が変わる。というか、そもそもの目標であったお市の死の前後でと言うべき?
最後のほうは延々と朝鮮役の話になるんだけども、ここで繰り返し繰り返し第二次大戦及び朝鮮戦争との比較分析をやって、やってることが全然変わらないとばっさり切り捨てているあたりが、さすが『戦中派○○日記』の作者というべきだろう。これやるために書いたのかと一瞬思うくらい。
で、この人の書く秀吉は、いわゆる非モテであること、を原動力にした男。お市に一目ぼれし、お市の近くに行くためになりあがろうとし、その手段として敵に共食いをさせる。モテる男とそれを愛する女を深く妬み憎悪し、それを一生忘れず胸に抱え、後に必ず復讐する。ちょこちょことその類のエピソードが入るのだが、特に最後のあたりの秀次とその一族郎党の最後、畜生塚のあたりがすさまじい。秀次の側妾たちの死を丹念に描き、かかった時間も推測し、秀吉自身をさらけ出すようなエピソードにしてるあたり。
朝鮮役の目的は、外敵を作ることで敵意を外に向けさせ、そのあいだに豊臣家の組織を固めること。長引くにつれ、民衆も大名も皆豊臣から心が離れ始める、それを感じるようになった秀吉の頭に浮かぶのは「日本中のやつら、みんな敵だ」。晩年、秀吉にとって、人間は、ちゃちゃと秀吉と秀頼のみになる。
下巻の後編は読むのがちょっとしんどいくらい醜い。
で、ほとんど見てない官兵衛ですが、まだ秀次生きてたよね確か? とか、秀吉死ぬまで延々と朝鮮役は続いてるんだけど、そのあたりどうなってんのかな?とか、全然関係ない興味がわいている。
