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自分(id:dadako)のことを語る

外国人の好きな日本の○○、みたいな番組が多くて気持ち悪いなあと、このごろよく思うよ。「日本はこんなに外国人に好かれてます、ほら見て!」みたいの。
はっきり言えば、それでちゃらになると思うなよ、ということ。

和風総本家の日本の職人スペシャル、職人さんへのリスペクト=顔が見える利用者の感謝の言葉というのがよくわかって好きなシリーズではあるのだけど、「日本の」ってつける必要あるのかとこのごろすごく思う。日本の職人が日本特有の商品や技術を持ってたというのはわかるけれども、あくまですごかったり偉かったりするのは、金にならなくてもその技術を捨てないで継承していこうとしている職人さん自身であって、そこに「日本の」は要らないよなあと。
むしろ、継承者がいない日本、のほうが重要なんじゃないの、と思う。こないだ続報があったのこぎり職人のおじさん、注文が殺到していて、その点すごいよかったけど、あの放送後に継承希望者が来たかという点については何も触れていなかった。一回目の放送時は、職人がもうほとんどいない、後継者もいないという話をしていたはずなのに。
例の小さなのこぎりを使用しているスイスだかの職人さんはバイオリン職人さんで、後継者もちゃんといて、生活状況もよさそうで、つまりあちらでの職人さんの社会的位置みたいなものとの格差をすごい感じて、けっこうつらかったのを思い出した。