前に日本語は主語確定しなくても文章が成立するような文法を持ってる、というような話をしたけれど、それだからか、話者が語っているのは自身の言葉なのか他人の言葉なのか、その言葉の責任者は誰なのかがうやむやになっててもすぐには気づかない場合が多い。他人にとってだけではなく、話者本人にも。 自分の言動の主体はあくまで自分である、ということがしばしば通じないのも、そういうことなのだろうか。 それならば外国語をもう少し勉強したほうがいいというのも肯けるのだけれど。